とかく抗争の原因はなにか。

神戸山口組から分裂ということで、「任侠山口組」が誕生。 これで、山口組の代紋を使う組織が三組織となった。 山口組の場合、一が二になり、その状態が続くということが大きな変化であります。 一が二になれば、一はないから三が出て当然。単数という独占が崩れた。 複数になり、複数が続くか、単数に戻るか。 二から三がでたが、その要素を見ると、 二を中心に単数の独占を再び目指す雰囲気と思う。 山一戦争といわれる抗争事件の時には、一和会という組織を名乗ったほうが結局崩壊の道をたどった。 この山一抗争は、山口組4代目継承抗争であり、 その抗争目的は、山口組当代というヤクザ社会の共通意識が前提にあり、その継承資格が問題となった。 この抗争は4年半に及び山一戦争というにふさわしい。 その後1990年、 他団体との関係性では、山波抗争という事件があり、これは半年で終了。 だが、一般人を誤射するなどヤクザの喧嘩とはいえなくなり、 民法709条使用者責任論に影響を与え、その後の暴力団トップへの民事責任追及のきっかけとなり、 さらに刑法的には共謀共同正犯のスワット大法廷判決へとつながってゆく。 この事件後に、中野会会長襲撃、日本不動産地所生島社長銃殺、宅見組組長銃殺事件と続く。 山口組関係の抗争事件では大阪戦争といわれる抗争があったが、山口組一極支配という抗争目的、 そして山口組一極支配を前提にした山口組トップ問題に関する構想目的とわけることができるだろう。 抗争事件が質的に大きな変化をした…

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