積水ハウス海喜館事件と内田マイクさん

裁判所の事件で、たとえ書類でもお名前を知ると、懐かしく思うわけです。
宋栽用(誤字かもしれない)、
近藤繁雄弁護士 (生きていれば90歳過ぎ)
 1928年8月22日 1968年4月1日 39歳 依願退官 東京地家裁判事補
近藤先生は鹿児島家裁で判事をしていた。
そこで裁判所を辞めていたと思っていたら(そういうデータがあった)
ネット時代の資料に東京地方裁判所の家裁部門判事補で依願退職していた)
いわゆる「辞め判弁護士」であります。
新橋烏森ビルに事務所があり、供託金詐欺を続けていました。
平成19年まで弁護士を看板に仕事していた。
平成19年に退会命令で弁護士会から出されたので弁護士は公然と、
できないでしょうが、非弁屋として活動は続けていたと思う。
生きていればまだやっているでしょう。

内田マイクさんは昭和のころから土地をいじる詐欺をしていた。
だんだんと頭角を現して、
平成になると、佐々木利勝さんなどを使いまわす、上位の指揮官となりました。
そのころは池袋責任者ということで、これはS会の位置つけです。
「杉並遠藤ウメさん殺人事件」http://subaru39.tripod.com/home/sagi/kaor.html
というある意味エポックメーキング事件で
不動産登記法が変わり、予告登記屋の仕事が封じられ、
いろいろと民法改正が続きました。
その内田さんが関わったのが真珠宮ビル事件。
この人が積水ハウス事件に出てくるという。そして佐々木利勝、三木勝博。
小山操が脚光を浴びる係であると思うのは私の妄想でしょうか。

内田マイクさんはI会では組長の扱い。

小山操と「内田マイク、三木勝博」ではいわゆる貫目が違う。
相撲で言うと、三役と幕下の違い。
新橋烏森ビルには不動産詐欺の道具を調達するには、
秋葉原ラジオデパートと同じようにとりあえず何でもそろう。
偽造変造印鑑証明、権利書、保証書、事業資金、などなど、
遺言も作ります。
そういう環境で生きていても、近藤繁雄先生より内田マイクさんのほうが
豊かでした。

ここにゼネコンと部品供給の零細企業の違いがある
こう考えればわかりやすいと思う。

1 小山操のトラックレコード
小山は一夜にしてカミンスカス。
だが、生まれや小中学校そして高校。
就職先。
なぜ静岡に流れ着いたか。それが東日暮里、磯子滝頭。
江東タワーマンション。
この軌跡のどこで積水ハウスと交差したか。
そういう小山さんがドヤで暮らしているわけない。
そう思うわけです。
佐々木利勝がロハスのNPO屋に銀行口座借用を申し込んだという。
こういう部分のホントのところと、隠れた意図があると思うわけです。

小山操は横浜の一部では歩いているだけで、話題になる存在でありました。
歩いていたのはは見たことないがファミレスで飯は食っていた。

2 そういう小山操や内田マイクが全員集合。そのなかに福田尚人もいる。
ここんとこが、よくわからない。
なぜ内田マイクで福田尚人が網走から呼び戻されるのでしょう。
内田マイクは獄中から積水ハウス海喜館事件の指示を出していたという。
そういうことができるのでありましょうか。
ただ、山口組6代目の服役では、守役で司興業のMが附いた。
そして、面会担当弁護士も付いた。
そういう人がいたのは事実。
だが、内田マイク氏が細かい指示を小山らに出せたか。
出していたら大問題。出していても大筋かとも思うが大問題であること
間違いない。では接見させるなという議論が出たらさらに大大問題であります。
ともかく内田マイクが事件の部材供給は間違いない。
この人は事情聴取が必要でしょう。
実は、この一連が夜逃げ同様で事務所をたたんだことがある。
その時に福田尚人も事務所を移転した。
その時の大きな事件があったと思う。
こういうことは偶然がない。
その関連で最近逮捕されたものがいるかも、
ここで時効が中断される。

3 異常なことにはそれだけの理由がある。

カラオケ中毒

ヤナセと被告氏の訴訟傍聴したそうですね。
ぜひ記事にして下さい。
2019年02月08日 18:16
上記コメントをいただきまして、
コメント以前に
さて傍聴に行くとインフルをもらってくる。
裁判所は魔が泳いでいる。
寝ながら考えてみると、異常であります。
こういう裁判は旧来ではありえない。
それは、裏世界というより修羅道の生き物は裁判所で民事事件をやらない。
これが暗黙の了解事項です。
しかしこの事件は貸金請求のようであるが、
基本は支払い督促の発展形であるといえます。
(これはネット報道されている。)
これが大事と思うのは、裁判所書記官の判断で貸金請求の要件はあった。
こういうことです。
しかし本訴の裁判所が要件が足りないと申される。
すると、当事者の部分あたりで訴訟が始められない。
ハンコだけで代理人選任してあとから代取が違うというと
訴訟詐欺です。
こういう雰囲気がある。
被告氏と裁判するには勇気がいります。
代取は怖いです。何かが。
裁判外で事実上の和解があったかもしれない。
こういうことで裁判がなかったならそれでいいわけで、
裁判所訴訟指揮は理由もわかるし結果も妥当でした。
そして、被告の一人が会社だった。
これは意外でありました。
ヤナセ支店登記が28年8月。それに直近の役員変更が28年5月。
阿比留正博は代取りになりたくない。
住所が登記されるから。
ここで、会社の中身が変わっている。
箱の中身が数度変わっています。
創業者らしいのが、
小野沢朋一・H・Mというトリオに替わった。
これが28年1月。
そして28年5月にHとMが辞任して替わりに阿比留とKが役員になった。
30年7月にKが解任されO氏が役員になった。
これは小野沢社長の印鑑がなければできない。
小野沢社長は和歌山銀行から貸金催促は受けている。
O氏がヤナセの役員としての任務の当否はわからない。
だが弁護士法が前提にあること間違いない。
裁判所は、出てきた証拠で演繹するだけ。
それでいいわけでしょう。
ですから会社の争いはまず株主総会で決着しないと
日産ゴーンの行為がひどすぎれば、選んだ株主も責任がある。
でもまずそういう判断をとる。だから日産はゴーンを訴えた。
そうやって追い込むんですが、すると、、
ゴーンがそれな俺も事実を言う。こうなって、
マクロンに銭渡しました。
ベルサイユで結婚式しちゃった。
こう抜かすかもしれない。目には目であります。
するとリシュリューのように殺されるわけでない。
日本でただ飯が食える。よかった。よかった。
ただ、グランデットの登記は29年9月ですわ。
ヤナセ支店登記の一年後。
そこで28年8月の前に同種の会社があったと考えるのが
インフルエンザ脳症一歩手前。妄想かも。
カラオケに行けば治りますかね。
内田さんも福田さんも別件でしょう。時効のない犯罪。
時効があれば中断する。

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