前提状況が変わった。

弘中先生と裁判所の関係性と、弁護士I先生と裁判所の関係は同じでしょうか。
弁護士と裁判所の関係であることは同じ。ただ、いわゆる信用が違う。
また、時間的な流れで見ると、とくに時代変遷ということを考えてみると、
人権弁護士の立ち位置が変わってきている。
ある公安事件(迫撃弾発射)で、理科系大学の卒業生が長期拘留された。
マンションから自動装置で正確に迎賓館を狙うことは当時は専門家の技術者しかできないでしょう。
この事件は、長期拘留というのと裁判の防御権の行使ということで
話題になりました。
石田最高裁vs青法協の時代があり、隠れ青法協もたくさんいた。
公安警察の新左翼監視は実は新左翼社会生活保護と表裏一体。
こういう反訓的見方もできる。
ゴーンの保釈と裁判の問題も日本司法の問題点ということでは、
ゴーンさん保釈逃亡で議論終了です。終わりました。
ゴーンも逃げずに、裁判続けて、
日本司法の問題を明らかにすればいいのに。
特別背任は無罪になったかも。
あるいは帳簿記入について責任はなかったかもしれない。
(そんなことはないと私は思っている。だが、それは裁判所が決める)

1 弘中人権弁護士の存在基盤は日本の実体法。
ゴーンは日本の実体法を否定した。
保釈逃亡した。これは自白(confess)と同じです。
事実上の告解です。ゴーンの宗教は知らないが、
レバノンのイスラムかキリスト教かドルーズかでしょう。
その父親は、キリスト教の強欲神父を殺して逃げたらしい。
親子二代で逃げるんです、やっとることは同じ。

というわけで、本人の代言人はその弁論の根拠である、存立基盤がない。

こういうことでして、一神教の世界では終わっている。
日本にいたほうがよかった。

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