東京地⽅裁判所 平成10年(合わ)5号 判決
主 ⽂
被告⼈を懲役七年に処する。
未決勾留⽇数中五〇〇⽇を右刑に算⼊する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告⼈は、分離前相被告⼈畠⼭昭⼀、同梁川博史こと朴泰植、同安井健司こと〓幹彦、同⽊本陸郎、同中村隆⾏、同和⽥康治、同畠⼭昭
則、同髙橋亨及び同⾥村誠と共謀の上、平成九年⼀⼆⽉⼆六⽇、法定の除外事由がないのに、〈1〉東京都港区六本⽊⼀丁⽬七番⼆四号⿇
布パインクレスト前路上に停⾞中の普通乗⽤⾃動⾞内において、⾃動装填式けん銃⼆丁(平成⼀〇年押第⼀七⼆〇号の四、六)及び回転弾
倉式けん銃⼀丁(同号の⼆)をこれらに適合する実包⼆⼀発(同号の三、五、七はうち⼀発を除いて鑑定試射済み)と共に携帯して所持
し、〈2〉同区⾚坂⼀丁⽬⼀四番⼀四号興和ビルディングナンバー三五植え込み付近路上において、⾃動装填式けん銃⼀丁(同号の⼋)を
これに適合する実包六発(同号の九は鑑定試射済み)と共に携帯して所持し、〈3〉同区⻁ノ⾨四丁⽬⼀番⼆九号先路上において、⾃動装
填式けん銃⼀丁(同号の⼀〇)をこれに適合する実包六発(同号の⼀ーは鑑定試射済み)と共に携帯して所持するとともに、けん銃実包⼀
発(同号の⼀⼆は鑑定試射済み)を所持したものである。
(証拠の標⽬)省略
(弁護⼈の主張に対する判断)
第⼀ 共謀の不存在の主張について
弁護⼈らは、分離前相被告⼈畠⼭昭⼀、同安井健司こと〓幹彦、同⽊本陸郎、同中村隆⾏、同和⽥康治、同畠⼭昭則、同髙橋亨及び同⾥
村誠の⼋名が、順次共謀の形で、本件けん銃及び実包(以下、単に「本件けん銃等」という。)を携帯所持したこと⾃体は争わないが、被
告⼈は、右⼋名による本件けん銃等の携帯所持の事実を全く認識、認容しておらず、右⼋名とも、また、分離前相被告⼈梁川博史こと朴泰
植とも、本件犯⾏に関し、明⽰的にも黙⽰的にも共謀したことはないから、無罪である旨主張する。すなわち、被告⼈は右朴泰植に対して
「上京する」旨を告げたのみであって、本件けん銃等の携帯所持に関し、何らの指⽰をしたこともなく、かえって、けん銃を携帯所持して
被告⼈を警護することのないよう常々周りの者に注意していたくらいであるから、被告⼈と分離前相被告⼈らとの間に本件けん銃等の所持
についての共謀は存在しない旨主張し、被告⼈もこれに沿う供述をするので、検討する(なお、以下、分離前相被告⼈朴泰植は「朴」、同
畠⼭昭⼀は「昭⼀」、同畠⼭昭則は「昭則」、同安井健司こと〓幹彦は「〓」、同和⽥康治は「和⽥」、同⽊本陸郎は「⽊本」、同中村隆
⾏は「中村」、同⾥村誠は「⾥村」、同髙橋亨は「髙橋」と略称する。)。
⼀ 認定事実
関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
1 被告⼈及び分離前相被告⼈九名の所属組織、地位、役割等について
被告⼈は、若いころから暴⼒団組織と関係を持ち、昭和四四、五年ころには、渡邉芳則を会⻑、被告⼈を副会⻑として、三代⽬⼭⼝組初
代⼭健組健⻯会を発⾜させ、昭和五七年ころ、渡邉が⼭健組組⻑となると、被告⼈は健⻯会会⻑となり、平成元年ころ、渡邉が五代⽬⼭⼝
組組⻑となるに従い、被告⼈は三代⽬⼭健組組⻑となり、本件当時は、三代⽬⼭健組組⻑であるとともに五代⽬⼭⼝組若頭補佐の地位にあ
り、配下組員数は総勢約三⼀〇〇余名である。朴は、⼭健組兼誠会会⻑で被告⼈の秘書⾒習いをしており、当番秘書と呼ばれる⼆⽇交替制
の他の組⻑秘書とは異なり、被告⼈が⽤事で外出する際には常に⼀緒に⾏動しており、被告⼈のスケジュール管理などをしていた。昭⼀
は、秋⽥市内で活動している⼭健組兼昭会の会⻑をしているが、⼭健組の東北ブロック⻑として関東地域をも取り仕切っており、被告⼈が
上京する際の東京側受け⼊れ責任者であった。昭則は、姉ヶ崎連合会佐藤⼆代⽬畠⼭組組⻑であるが、昭⼀の実兄であって、⼭健組兼昭会
相談役も兼ねており、昭⼀が普段は秋⽥市で活動していることから、東京に事務所を持つ昭則が被告⼈の上京時の接待の具体的段取りを付
けていた。〓は畠⼭組組員であり、これまでに⼀〇回ほど被告⼈の上京時の接待に参加して被告⼈専属のボディガードが乗る⾞の運転など
をしていた。和⽥は、⼭健組⼆代⽬伊藤会から⾏儀⾒習いとして⼭健組本部に来ている者であり、平成⼋年⼆⽉ころから、被告⼈の専属ボ
ディガードをしており、平成九年⼀〇⽉ころからは、その責任者的⽴場に⽴っていた。⽊本は、⼭健組鷲坂組組員で、平成六年⼀〇⽉ころ
から、⼭健組本部で⾏儀⾒習いとして、被告⼈の専属ボディガードをしていた。中村は、⼭健組⽮倉会組員で、平成九年⼀⼆⽉中旬ころか
ら、被告⼈の専属ボディガードをしていた。⾥村は、⼭健組武道会組員で、平成⼆年ころから五年ころにかけて⼭健組本部に詰めていたこ
とがあり、本件上京時は被告⼈の専属ボディガードとして⾏動していた。髙橋は、平成九年五⽉ころ、⼭健組兼昭会奥⼭組組員となり、こ
れまでにも被告⼈の上京時に接待の⼿伝いをしたことがあった。
⼭健組には、傘下の各組の中から選ばれて、⼭健組組⻑の専属ボディガードとなっている者が数名存在するが、それらの者はアメリカの
警察の特殊部隊の名称に由来する「スワット」、あるいは、「付き⼈」とか、「ボディガード」という名称で呼ばれており、実包の装填さ
れたけん銃を携帯所持して組⻑と⾏動をともにし、敵の襲撃に対抗して専ら組⻑の警護のみに専従している者であって、本件当時は、和
⽥、⽊本、中村らが⼭健組本部のスワットであった。スワットの⼈選やスワットへの指⽰、命令は、組⻑ないし組⻑秘書、組⻑秘書⾒習い
のみがすることができたが、本件当時は組⻑秘書⾒習いの朴が主に指⽰、命令をして、被告⼈の⾝辺警護にも当たっていた。
2 本件までの被告⼈の上京時の⾏動状況等について
警視庁⽣活安全部銃器対策課においては、平成九年⼀⽉下旬ころ(以下、年の記載のないものは平成九年を指す。)、⼭健組組⻑の被告
⼈が、ボディガードを引き連れて時々上京しているが、その際、ボディガードがけん銃を携帯所持して、被告⼈を警護している旨の情報を
得た。銃器対策課においては、被告⼈の上京の際の⾏動視察を開始し、本件上京までに、九回の上京を把握していた。
被告⼈の上京に際しての具体的な⼿はずは、朴を含めた組⻑秘書と⼭健組兼昭会側で調えていた。⼭健組兼昭会にとっては、被告⼈の上
京時の⾝辺警護や雑⽤は、組としての任務であることから、同会関係者は「公⽤」と呼んでおり、「公⽤」の責任者は⼭健組兼昭会会⻑の
昭⼀であった。被告⼈の上京の際は、⼭健組本部からスワット三⼈位が上京して来るが、昭⼀の⽅でも、⼭健組兼昭会や畠⼭組の組員らを
⼀〇名位は動員して、被告⼈の⾝辺警護や雑⽤などをさせ、うち⼆、三⼈にスワットの役割を与えて配備していた。そして、スワットはい
つもけん銃を⽤意して被告⼈を警護していた。
被告⼈が上京したとき、⼭健組兼昭会側は⽻⽥空港まで出迎えに⾏き、都内での移動は、ほとんどの場合、五台くらいの⾞両に分乗して
⾞列を組んで⼀団となって⾏っていた。⼀台⽬の⾞両は、被告⼈の移動先の遊興店舗などに⼆、三〇分ほど早く⾏き、駐⾞場所を確保した
り、不審者がいないか辺りを警戒したり、警察が検問していないかを確かめたりする者が乗る⾞両であり、通常は⼭健組兼昭会側のスワッ
トがその役⽬で乗っており、「先乗り⾞」などと呼ばれていた。⼆台⽬の⾞両は、道案内をする⾞両で「先導⾞」と呼ばれており、常に⼭
健組兼昭会会⻑の昭⼀が乗っていた。三台⽬の⾞両は、被告⼈の乗る⾞両であり、その直ぐ後ろを⾛⾏する四台⽬の⾞両は、⼤阪から上京
して来た⼭健組本部のスワットが乗る⾞両であり、五台⽬以降の⾞両は、雑⽤係の乗る⾞両であった。先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット
乗⾞の⾞の三台は、先導⾞とスワット乗⾞の⾞で被告⼈乗⾞の⾞を前後に挟み、三台が連続して離れないようにしており、他の⾞両が被告
⼈乗⾞の⾞に近づかないように⾛⾏していた。また、⼀番後ろの⾞は中央線をまたいで他の⾞両が被告⼈乗⾞の⾞に横から近づけないよう
にしたりしていた。被告⼈らの⼀⾏は、間に別の⾞両が⼊ると追抜くなどして調整したり、⼀台でも遅れた場合は⾞列を整えてから再出発
するなどしたりして、常に⼀体となって⾞列を組んで移動していた。先乗り⾞のスワットが不審な者を発⾒した場合には、スワット乗⾞の
⾞のスワットと携帯電話で連絡を取り合うことになっていた。また、被告⼈が歩いて移動する際には、被告⼈を真ん中にして、被告⼈に近
いところを組⻑秘書らが警護し、三、四メートル離れたところをスワットが警護して⼀塊りになって⾏動しており、被告⼈が遊興店舗の中
に⼊ったときには、組⻑秘書らは店内に⼊り、スワットは店内に⼊らず、外の出⼊⼝付近に⽴って、警護していた。
3 本件けん銃等の共同携帯所持についての共謀の経緯等について
被告⼈は、⼀⼆⽉⼆⼆、三⽇ころ、朴に対し、⼆五⽇ころに上京することを伝えた。朴は、上京の段取りを調えるために、昭⼀に電話を
して、被告⼈が⼆五⽇に上京するかもわからないが、上京するなら五時発の⾶⾏機で六時ころ着くと思うので、⾷事は「胡蝶」に予約をし
てもらいたいなどと連絡をした。朴は、詳しいことは⾔わなくても、これまで⼀〇回以上、被告⼈は東京に遊びに⾏っており、昭⼀が受⼊
側の責任者であるので、当然これまでと同様の準備をしてくれるものと思っていた。朴は、また、スワットの和⽥に対しても、⼆五⽇に親
分が東京に⾏くかもしれないと伝え、他のスワットとともに上京するように指⽰した。今回の上京については、和⽥や⽊本からスワットは
四⼈で⾏った⽅がよいとの進⾔もあって、結局、朴はこれを了承してスワットは四⼈で⾏くことになった。⼀⼆⽉⼆五⽇、被告⼈が上京す
ることが本決まりとなり、朴は、昭⼀や和⽥に、その旨を伝えた。
昭⼀は、朴からの連絡を受けて、それまで被告⼈が上京した折りの接待を⼀〇回位しており、いずれの時も⼭健組兼昭会や畠⼭組の組員
を動員して準備し、被告⼈の⾝辺警護に万全を期しており、具体的には実兄の畠⼭組組⻑の昭則に何度も接待の段取りをつけてもらってい
たので、⼀⼆⽉⼆四⽇、昭則に電話をして、翌⽇の⼆五⽇に上京する被告⼈のために「⾞とかの⽤意を頼む。」と⾔って、被告⼈の出迎え
と移動に使⽤する⾞や⾝辺警護のための⼈の⼿配などを依頼した。昭⼀の依頼には、被告⼈の警護を万全にしてくれとの意味があり、被告
⼈の警護を万全にするためにはどうしてもけん銃が必要であって、直接「けん銃を⽤意して親分をガードしてくれ。」などと⾔葉で⾔わな
くても、昭⼀は昭則がけん銃を⽤意して被告⼈を警護してくれるものと思っていた。昭則も昭⼀の依頼を受けて、被告⼈の⾝辺警護や雑⽤
に必要な⾞五台位と畠⼭組組員の〓、⼭健組兼昭会奥⼭組組員の髙橋を含め⼋名ほどの⼈の⼿配をするとともに、被告⼈がけん銃で襲われ
た場合、こちらもけん銃がなければ被告⼈を守りきれないから、けん銃を⽤意して被告⼈を警護することは弟を助けることであり、また、
兼昭会の相談役として当然のことと思っていた。昼過ぎころ、昭則は〓に対し被告⼈が上京するので、⼭健組本部から来るスワットの乗る
⾞の運転⼿をするように指⽰し、⼭健組兼昭会側のスワットは髙橋と徳武伸⼆にさせることにした。そして、⽤意する五台の⾞について、
先乗り⾞は、栗⼭勝⽐⻁の運転で⼭健組兼昭会側のスワットである髙橋と徳武伸⼆が乗⾞し、先導⾞は、森浩⼆の運転で昭⼀と被告⼈の友
⼈で的屋丁字屋会副会⻑の菊地武雄が乗⾞し、被告⼈が乗⾞する⾞は、浜⽥こと⾦孟珍の運転で被告⼈と朴、組⻑秘書の⽦⽥春男が乗⾞
し、スワットの乗る⾞は、〓の運転で⼭健組本部のスワットらが乗⾞し、雑⽤係の乗る⾞は板⾕暉男が運転するなどの内容の乗⾞区分を決
めた。
⼀⽅、⼭健組本部のスワットの和⽥は、朴から他のスワットに連絡して上京させるように指⽰され、しかも、従来三名であったところを
四名のスワットで上京することになったので、スワットである⽊本、中村のほか、⾥村も加えてスワットとしての打ち合わせをし、親分が
東京へ出るが、東京での⾞の⼿配やけん銃の準備は東京でしてもらうので、防弾楯だけを持って⾏けばよく、東京からも護衛の者が出る旨
和⽥は⼭健組兼昭会の⾦孟珍に電話をして、けん銃を⽤意してくれるように依頼し、同⼈もこれを昭則に伝えると、昭則もこれを了承
し、⼀⼆⽉⼆五⽇の本件当⽇の午前中、組事務所の押⼊の天袋に隠しておいたけん銃五丁を取り出しておいた昭則は、昼過ぎに、〓と⼀緒
にけん銃五丁にそれぞれ実包を装填し、〓に対し、⼆丁は⼭健組兼昭会側のスワットの髙橋に渡し、三丁は〓が運転する⼭健組本部のスワ
ットが乗る⾞に置いておくように指⽰した。〓は、午後⼆時過ぎころ、畠⼭組事務所でスワットの髙橋にけん銃⼆丁の⼊ったバッグを渡し
ながら、「道具だから⾞に積んでおけ」と⾔い、髙橋もけん銃であることを知ってこれを了承した。〓は、午後四時五〇分ころ、東京駅
に、新幹線で上京してきた⼭健組本部のスワットである⽊本、中村、⾥村の三名を出迎えたが、同⼈らは防弾楯を持参してきていた。〓
は、スワットの三名をスワット乗⾞の⾞に乗せて、⽻⽥空港に向かったが、その⾞内で、けん銃三丁が運転席の下に⽤意してあることを伝
え、⽊本ら三名のスワットもこれを了知した。⽻⽥空港に到着してから、⽊本は、被告⼈の乗⾞する予定の⾞の後部中央の肘掛けの下に⼤
阪から持参してきた防弾盾を置いた。午後六時ころ、⾶⾏機で来た被告⼈、朴、⽦⽥春男、スワットの和⽥ら四名が⽻⽥空港に着き、和⽥
はスワット乗⾞の⾞に乗⾞して、被告⼈乗⾞の⾞の直ぐ後ろを⾛⾏したが、その⾞内で、中村は、⽊本、和⽥にけん銃を⼿渡した。その
後、スワット乗⾞の⾞での五⼈乗りは窮屈であったので、⾥村が先乗り⾞に乗り換えた。先乗り⾞には、⼭健組兼昭会側のスワットの髙橋
と徳武伸⼆が乗⾞しており、⾥村は乗⾞すると、髙橋に対し、けん銃はどこにあるかと聞き、髙橋がけん銃の⼊ったセカンドバッグを⼿渡
すと、中からけん銃を取り出して⾝につけ、けん銃⼀丁が残っているセカンドバッグを髙橋に戻した。
4 本件上京時の被告⼈の⾏動状況等について
本件当⽇、被告⼈は、朴及び⽦⽥春男、スワットの和⽥とともに、伊丹空港から⾶⾏機に搭乗し、午後六時ころ⽻⽥空港に到着し、昭
⼀、昭則、髙橋などの⼭健組兼昭会関係者及び⽊本、中村、⾥村らのスワットの出迎えを受けた。そして、遊興先の店舗に向かうため、予
め決めておいた乗⾞区分のとおり、先乗り⾞は、栗⼭勝⽐⻁の運転で兼昭会側のスワットである髙橋と徳武伸⼆が乗⾞し、先導⾞は、森浩
⼆の運転で昭⼀と菊地武雄が乗⾞し、被告⼈が乗⾞する⾞は、⾦孟珍の運転で被告⼈と朴と⽦⽥春男が乗⾞し、スワットが乗⾞する⾞は、
〓の運転で⼭健組本部のスワットの和⽥、⽊本、中村、⾥村が乗⾞し、雑⽤係の乗⾞する⾞のうち⼀台は菊地武雄の実兄である菊地滿雄の
運転で加藤馨が乗り、⾞列を組んで⾏動を開始した。途中から、板⾕暉男の運転で昭則などが乗⾞する、もう⼀台の雑⽤係の乗⾞する⾞が
加わり、合計六台の⾞で連絡を取り合って⼀体となって⾏動をするようになった。そして、まず、有楽町の料亭「胡蝶」に⾏って⾷事を
し、午後⼋時三〇分ころにそこを出て、銀座のクラブ「シャンパンクラブ」に⾏き、午後⼀〇時ころにそこを出て、歌舞伎町の韓国クラブ
「リスボン」に⾏き、翌⼀⼆⽉⼆六⽇の午前零時ころにそこを出て、⾚坂のキャバレー「ニューペントハウス」に⾏き、午前⼆時前後ころ
にそこを出て、六本本のバー「ママひげ」に⾏き、午前四時過ぎころそこを出て、宿泊先のホテルに向かう途中、警察の捜索に遭った。途
中で、⾥村はスワット乗⾞の⾞から先乗り⾞に乗り換え、また、被告⼈乗⾞の⾞にホステスが⼀名乗ってきたことから、⽦⽥春男が被告⼈
乗⾞の⾞から先導⾞に乗り換えた。この間、被告⼈の⼀⾏は、遊興先の店舗に到着すると、先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット乗⾞の⾞を
並べて停⾞させ、被告⼈が降⾞して店舗に⼊るまでの間と、被告⼈が店舗を出て⾞に乗込むまでの間は、被告⼈の周りに組⻑秘書らが位置
し、その外側から本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒しながら、⼀団となって移動し、店の中では、⼀緒に店内に⼊る組⻑秘書
らが不審な者がいないか確認するなどして警戒し、店の外では、その出⼊⼝付近で、本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒して待
機するなどしており、⼭健組の組織として⼀体性をもって被告⼈の警護をしていた。和⽥から今回のスワット役を頼まれた⾥村、東京側で
スワットの役割を与えられた髙橋は実包を装填したけん銃を携帯所持して先乗り⾞に乗⾞しており、スワットである和⽥、⽊本、中村は実
包を装填したけん銃を携帯所持してスワット乗⾞の⾞に乗⾞していた。
5 本件けん銃等の発⾒状況について
⼀⼆⽉⼆六⽇午前四時⼆〇分ころ、捜査員らは、被告⼈の⼀⾏が、⾞列を組んで⼀団となって⾛⾏し、宿泊先のホテルに向かう途中、捜
索差押許可状の執⾏のため、〈1〉東京都港区六本本⼀丁⽬七番⼆四号⿇布パインクレスト前路上において、被告⼈⼀⾏の⾞列を停⾞させ
て、捜索を実施し、被告⼈乗⾞の⾞の直ぐ後ろを⾛⾏していたスワットの和⽥、⽊本、中村らの乗⾞していた⾞両から、⾃動装填式けん銃
⼆丁(平成⼀〇年押第⼀七⼆〇号の四、六)及び回転弾倉式けん銃⼀丁(同号の⼆)とこれらに適合する実包⼆⼀発(同号の三、五、七は
うち⼀発を除いて鑑定試射済み)を発⾒した。また、〈2〉先乗り⾞に乗⾞して、宿泊先のホテルの前で待機していたスワットの⾥村は、
⾃動装填式けん銃⼀丁(同号の⼋)をこれに適合する実包六発(同号の九は鑑定試射済み)を携帯所持したまま逃⾛して、これらを同ホテ
ル⻄側の同区⾚坂⼀丁⽬⼀四番⼀四号興和ビルディングナンバー三五植え込み付近に投げ捨てたが、間もなく、捜査員が右けん銃等を発⾒
した。そして同じく、〈3〉先乗り⾞に乗⾞して、宿泊先のホテルの前で駐⾞して待機していたスワットの髙橋は、現⾏犯逮捕されるに先
⽴ち、携帯所持していた⾃動装填式けん銃⼀丁(同号の⼀〇)及びこれに適合する実包六発(同号の⼀―は鑑定試射済み)と、けん銃実包
⼀発(同号の⼀⼆は鑑定試射済み)の⼊ったセカンドバッグを栗⼭勝⽐⻁に投げ、これを拾った同⼈が、同ホテル近くの同区⻁ノ⾨四丁⽬
⼀番⼆九号先の家の塀の裏側辺りに隠したが、間もなく、捜査員が右けん銃等を発⾒した。いずれのけん銃等も、被告⼈を警護するため
に、昭則が⽤意した五丁のけん銃と実包であり、スワットらが携帯所持していたものである。
6 被告⼈の「スワット」等についての認識について
被告⼈は、「スワット」、「付き⼈」、「ボディーガード」について、「親分を守る⽴場の者をスワットと呼ぶのは聞いたことがあるよ
うな気がしますが、五代⽬⼭⼝組になってから、そのような呼び名の部隊はなくしていると思います。昔私が初代⼭健組組⻑の付き⼈をし
ていた時は、ボディガード的な役⽬の者は、付き⼈、ボディガードと呼んでおり、今で⾔えば、和⽥が私の付き⼈になっています。」とい
う趣旨のことを述べて(⼄三)、和⽥が被告⼈を警護する役⽬の付き⼈であると認めており、また、やくざの在り⽅について、「やくざは
何があっても親分に迷惑をかけてはいけないのであって、親分から⼀々命令されて忠実に動くのではなく、親分の気持ちを汲み、正しい判
断をし、それに基づいて親分のために尽くすことがやくざの器量というものであって、やくざには器量がなければならないのです。私はこ
れまで⼤親分と呼ばれる⼈たちに仕えてきて現在の⽴場があるところをみると、器量を認められてきたのかも知れません。私は昔、初代⼭
健組組⻑だった⼭本健⼀組⻑の付き⼈をしていたころ、私⾃⾝はけん銃を抱いて⼭健組組⻑の警護をしたが、それはあくまで⾃分の判断で
そのようにしたということであり、親分から指⽰されてやったということではありませんでした。親分の指⽰とは別に⾃分の器量で⾃分が
責任をとれるやり⽅で親分を守るものです。」という趣旨のことも述べており(⼄三)、⼦分は親分から⼀々命令されて動くのではなく、
親分の気持ちを汲み、親分のために尽くすべきであり、被告⼈が初代⼭健組組⻑の付き⼈をしていたころは、親分から指⽰されるまでもな
く、けん銃を抱いて親分を警護していた旨を述べている。
⼆ 判断
以上の事実によれば、スワットの和⽥、⽊本、中村、⾥村、髙橋は、被告⼈の警護のために本件けん銃等を携帯所持していた実⾏犯であ
り、昭則は昭⼀の指⽰を受け、被告⼈の警護のために、〓とともにけん銃に実包を装填して本件けん銃等を準備し、スワットらに渡したの
であるから、右⼋名が順次共謀して本件けん銃等を携帯所持していたことを認めることができる。
また、⼭健組には、実包を装填したけん銃を携帯所持して組⻑と⾏動をともにして、専ら組⻑の警護のみに専従している、通称「スワッ
ト」、「付き⼈」、「ボディガード」などと呼ばれる者が数名存在しており、このスワットの⼈選やスワットに対する指⽰命令は組⻑ない
し組⻑秘書、秘書⾒習いのみが⾏うが、本件時は朴がスワットの和⽥に他のスワットとともに上京するように指⽰していた。被告⼈もこの
スワットの存在を認識しており、和⽥がスワットの⼀員であることも認識していた。そして、被告⼈は、朴と⽦⽥春男とともにスワットで
ある和⽥と同じ⾶⾏機で上京して、⼀⼆⽉⼆五⽇の午後六時過ぎころ⽻⽥空港に到着して出迎えを受けてから翌⼆六⽇の午前四時⼆〇分こ
ろまで、⻑時間にわたり、先乗り⾞、先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット乗⾞の⾞などの順序で被告⼈の⼀⾏は⾞列を組んで⾏動し、この
間、都内の五箇所の遊興先に⽴ち寄って飲⾷するなどした。遊興先の店舗には先乗り⾞が⼀番乗りして警戒に当たっており、その後、後続
⾞が到着すると、先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット乗⾞の⾞を並べて停⾞させ、被告⼈が降⾞して店舗に⼊るまでの間と、被告⼈が店舗
を出て⾞に乗込むまでの間は、被告⼈の周りに組⻑秘書らが位置し、その外側から本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒しなが
ら、⼀団となって移動し、店の中では、⼀緒に店内に⼊る組⻑秘書らが不審な者がいないか確認するなどして警戒し、店の外では、その出
⼊⼝付近で、本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒して待機するなどしており、⼭健組の組織として⼀体性をもって被告⼈の警護
のための⾏動をして、本件犯⾏に及んだ。そして、被告⼈は、⼦分は親分から⼀々命令されて動くのではなく、親分の気持ちを汲み、親分
のために尽くすべきであり、親分から指⽰されるまでもなく、けん銃を抱いて親分を警護するのが付き⼈たるべき者の⾏動であるとの⾒解
を有していることが認められる。
以上を総合勘案すれば、被告⼈は、けん銃等を携帯所持して被告⼈と⾏動をともにし、専ら被告⼈の警護のみに専従している通称「スワ
ット」と呼ばれる和⽥らが、被告⼈の警護のために上京して被告⼈に同道し、被告⼈が都内を移動する際、被告⼈の警護のため被告⼈と⼀
体となって⾏動していることを認識し、また、和⽥らスワットの本件けん銃等の携帯所持は被告⼈のためになされており、被告⼈が⼀々指
⽰しなくても和⽥らスワットが被告⼈の警護をするにつきけん銃等を携帯所持するものとの認識を有し、それを認容していたものと認める
のが相当であるから、被告⼈が本件けん銃等の携帯所持に関し、具体的な⾔葉による指⽰をしていないことをもって、共謀がないとはいえ
ず、被告⼈についても、スワットらに指⽰をした朴の外、昭⼀、昭則、和⽥、⽊本、中村、⾥村、髙橋、〓らの計九名と共謀して本件けん
銃等を携帯所持したものと認めることができるというべきである。弁護⼈の主張は失当である。
もっとも、被告⼈は、朴らに対し、被告⼈のボディガードにはけん銃を持たせてはいけない旨の指⽰をしていた旨、また、和⽥がボディ
ガードであり同⾏していたことは知っていたが、本件けん銃等を携帯していることは知らなかった旨の供述をしているが、和⽥は護衛の具
体的な⽅法は朴からスワットに任されており、個々の護衛の時にけん銃を使うなという指⽰を受けることはない旨供述し(⼄四⼋)、⼭健
組本部のスワットの中村(⼄五六)、⽊本(⼄六⼀)、畠⼭組組⻑の昭則(⼄⼆九)をはじめ⼭健組関係者は、⼭健組では⿇薬、覚せい
剤、内輪もめなどは禁⽌されているが、組員がけん銃を所持することが禁⽌されているとは聞いたことはないという趣旨のことを供述し、
また、⼭健組兼昭会組員である⾦孟珍(甲⼀〇九)や関係者の⾼村仁志(甲⼀⼀六)などは、「やくざの世界では、いちいち『けん銃を⽤
意して親分を護れ。』などという指⽰が出されることはありません。やくざの世界では、⼦分が親分を護ることは当然のことで、指⽰がな
くても⼦分はやりますし、親分はそれが分かっていますので、いちいち指⽰はしないのです。」とも述べており、そして、組⻑の専属ボデ
ィガードであるスワットはけん銃等を所持して親分を警護してこそスワットなのであり、本件時もスワットの和⽥がわざわざ被告⼈ととも
に上京してきている上、被告⼈⾃⾝も初代⼭健組組⻑の付き⼈をしているとき、⾃分の判断で、⾃分の器量でけん銃を所持して親分の警護
をしていた旨供述していることなどにかんがみれば、被告⼈が専属ボディガードにけん銃を持たせてはいけない旨の指⽰をしていた旨の供
述は、信⽤しがたく、また、スワットの和⽥が親分である被告⼈を警護するために本件けん銃等を携帯していることは知らなかった旨の供
述も信⽤しがたいというべきである。
第⼆ けん銃に適合する実包について
弁護⼈は、鑑定書によれば、本件けん銃のうち、⼆丁のけん銃にそれぞれ装填されていた実包のうち七発が、当該けん銃では発射できな
かったが、別のけん銃に装填して発射できたというのであるから、これら七発の不発弾が「実包」に該当することは争わないが、これら七
発の不発弾に関しては、加重処罰の対象となる「当該けん銃に適合する実包」とはいえない旨主張するので、検討する。
⼤町茂作成の鑑定書(甲三⼋、四六)、電話聴取書(甲⼀四⼋)などの関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
弁護⼈のいうけん銃⼆丁(平成⼀〇年押第⼀七⼆〇号の四、六)は、いずれも⼝径九ミリメートルのトカレフ型⾃動装填式の真正けん銃
であり、右各けん銃にいずれも⼝径九ミリメートルの正規のルガー型⾃動装填式けん銃⽤実包⼋発ずつ(同号の五、七は鑑定試射済み)が
装填された状態で、右各けん銃及び右各実包が、判⽰〈1〉の東京都港区六本⽊⼀丁⽬七番⼆四号⿇布パインクンスト前路上に停⾞中の普
通乗⽤⾃動⾞内において、携帯所持されていた。試射実験をすると、うち⼀丁のけん銃(同号の四)について、装填されていた実包⼋発
(同号の五)のうち三発が当該トカレフ型けん銃では不発であり、他の⼀丁(同号の六)について、装填されていた実包⼋発(同号の七)
のうち四発が当該トカレフ型けん銃で不発であった。そこで、これら不発の計七発の実包を⼝径九ミリメートルのルガー型⾃動装填式けん
銃に装填して、試射実験をすると、全て発射された。真正けん銃の場合、その⼝径に合う正規の実包であれば、発射可能であるように作ら
れており、本件の不発の原因については、装填したときの実包の位置が微妙にずれていて、打撃位置が不良となった可能性が強い。
右事実によれば、本件は、鑑定による試射の際に、たまたま打撃位置の不良等により、当該真正けん銃に装填された正規の実包の試射が
不発に終わった場合であるが、真正けん銃にその⼝径に合う正規の実包が装填された状態にあれば、当該けん銃で実包が発射可能な状態に
あることの危険性は存在するのであり、後の鑑定による試射の際に当該けん銃では装填されていた実包が発射できずに終わったということ
をもって、危険性がなかったことになるものではないというべきであるから、本件真正けん銃に装填された本件不発の七発の正規の実包
も、加重処罰の対象となる「当該けん銃に適合する実包」であると認めるのが相当である。弁護⼈の主張は失当である。
(法令の適⽤)
被告⼈の判⽰所為は、⾮適合実包の所持の点をも含めて包括して刑法六〇条、銃砲⼑剣類所持等取締法三⼀条の三第⼆項、⼀項、三条⼀
項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告⼈を懲役七年に処し、刑法⼆⼀条を適⽤して未決勾留⽇数中五〇〇⽇を右刑に算⼊するこ
ととする。
(量刑の事情)
本件は、指定暴⼒団⼭⼝組の若頭補佐であり、また、同組内の有⼒⼆次団体である⼭健組の組⻑である被告⼈が、上京して都内で⾏動す
るに際し、⾃⼰の⾝辺警護のため、組⻑秘書⾒習いの朴ら⼭健組傘下の組員らと共謀して、組員らにおいて、けん銃五丁とこれらに適合す
る実包等合計三四発を携帯所持したという銃砲⼑剣類所持等取締法違反の事案である。
本件は、⼭健組が組織ぐるみで⾏った犯罪であり、携帯所持していたけん銃と適合実包は量が多く、そして、それらけん銃等を携帯所持
した状態で、⻑時間にわたり、⾞列を組んで公道を⾛⾏し、また、五か所の店で遊興するなどして、都内を移動していたことなどにかんが
みると、⼭健組においては、スワットらが被告⼈の警護のためにけん銃等を携帯所持するのは当然であるかのような⾵潮がうかがわれるの
であり、また、暴⼒団抗争におけるけん銃発砲において、⼀般市⺠が巻き添えになり、その⽣命を落とし、⾝体を負傷する事件が多発して
おり、現に本件の約四か⽉前に起きた⼭⼝組若頭の宅⾒勝組⻑が射殺された際にも⼀般市⺠が巻き添えになって悲惨にも⽣命を落としてい
ることは周知の事実であり、銃器犯罪の禁圧が緊急の重要課題である今⽇において、被告⼈らがけん銃と適合実包を携帯所持して⾏動して
いることは、暴⼒団特有の論理に基づいて、法治国家の法秩序を軽視しているものであると⾔っても過⾔ではなく、厳しく⾮難されなけれ
ばならない。被告⼈らがけん銃等を携帯所持していたのは、他の暴⼒団等からのけん銃等による襲撃の危険性に備えてのものであるといっ
ても、その襲撃の危険性は暴⼒団組織に⾝を置いていることに起因するものであって、⾃らが招いたものというべく、他を責めて⾃らの責
任を軽くするような事情ではない。そして、本件は、遊びのために上京してきた被告⼈⼀⼈のために⾏われた犯罪であり、被告⼈が⼭健組
の組織の⻑であり、また、殺⼈未遂、恐喝、銃砲⼑剣類所持等取締法違反による多数の前科があることなどにかんがみれば、その刑事責任
は重⼤であって、共犯者の中で最も重いといわなければならない。
したがって、被告⼈の健康状態など、被告⼈のために酌むべき諸事情を⼗分に考慮しても、主⽂掲記の刑に処するのを相当と判断する。
主 ⽂
被告⼈を懲役七年に処する。
未決勾留⽇数中五〇〇⽇を右刑に算⼊する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告⼈は、分離前相被告⼈畠⼭昭⼀、同梁川博史こと朴泰植、同安井健司こと〓幹彦、同⽊本陸郎、同中村隆⾏、同和⽥康治、同畠⼭昭
則、同髙橋亨及び同⾥村誠と共謀の上、平成九年⼀⼆⽉⼆六⽇、法定の除外事由がないのに、〈1〉東京都港区六本⽊⼀丁⽬七番⼆四号⿇
布パインクレスト前路上に停⾞中の普通乗⽤⾃動⾞内において、⾃動装填式けん銃⼆丁(平成⼀〇年押第⼀七⼆〇号の四、六)及び回転弾
倉式けん銃⼀丁(同号の⼆)をこれらに適合する実包⼆⼀発(同号の三、五、七はうち⼀発を除いて鑑定試射済み)と共に携帯して所持
し、〈2〉同区⾚坂⼀丁⽬⼀四番⼀四号興和ビルディングナンバー三五植え込み付近路上において、⾃動装填式けん銃⼀丁(同号の⼋)を
これに適合する実包六発(同号の九は鑑定試射済み)と共に携帯して所持し、〈3〉同区⻁ノ⾨四丁⽬⼀番⼆九号先路上において、⾃動装
填式けん銃⼀丁(同号の⼀〇)をこれに適合する実包六発(同号の⼀ーは鑑定試射済み)と共に携帯して所持するとともに、けん銃実包⼀
発(同号の⼀⼆は鑑定試射済み)を所持したものである。
(証拠の標⽬)省略
(弁護⼈の主張に対する判断)
第⼀ 共謀の不存在の主張について
弁護⼈らは、分離前相被告⼈畠⼭昭⼀、同安井健司こと〓幹彦、同⽊本陸郎、同中村隆⾏、同和⽥康治、同畠⼭昭則、同髙橋亨及び同⾥
村誠の⼋名が、順次共謀の形で、本件けん銃及び実包(以下、単に「本件けん銃等」という。)を携帯所持したこと⾃体は争わないが、被
告⼈は、右⼋名による本件けん銃等の携帯所持の事実を全く認識、認容しておらず、右⼋名とも、また、分離前相被告⼈梁川博史こと朴泰
植とも、本件犯⾏に関し、明⽰的にも黙⽰的にも共謀したことはないから、無罪である旨主張する。すなわち、被告⼈は右朴泰植に対して
「上京する」旨を告げたのみであって、本件けん銃等の携帯所持に関し、何らの指⽰をしたこともなく、かえって、けん銃を携帯所持して
被告⼈を警護することのないよう常々周りの者に注意していたくらいであるから、被告⼈と分離前相被告⼈らとの間に本件けん銃等の所持
についての共謀は存在しない旨主張し、被告⼈もこれに沿う供述をするので、検討する(なお、以下、分離前相被告⼈朴泰植は「朴」、同
畠⼭昭⼀は「昭⼀」、同畠⼭昭則は「昭則」、同安井健司こと〓幹彦は「〓」、同和⽥康治は「和⽥」、同⽊本陸郎は「⽊本」、同中村隆
⾏は「中村」、同⾥村誠は「⾥村」、同髙橋亨は「髙橋」と略称する。)。
⼀ 認定事実
関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
1 被告⼈及び分離前相被告⼈九名の所属組織、地位、役割等について
被告⼈は、若いころから暴⼒団組織と関係を持ち、昭和四四、五年ころには、渡邉芳則を会⻑、被告⼈を副会⻑として、三代⽬⼭⼝組初
代⼭健組健⻯会を発⾜させ、昭和五七年ころ、渡邉が⼭健組組⻑となると、被告⼈は健⻯会会⻑となり、平成元年ころ、渡邉が五代⽬⼭⼝
組組⻑となるに従い、被告⼈は三代⽬⼭健組組⻑となり、本件当時は、三代⽬⼭健組組⻑であるとともに五代⽬⼭⼝組若頭補佐の地位にあ
り、配下組員数は総勢約三⼀〇〇余名である。朴は、⼭健組兼誠会会⻑で被告⼈の秘書⾒習いをしており、当番秘書と呼ばれる⼆⽇交替制
の他の組⻑秘書とは異なり、被告⼈が⽤事で外出する際には常に⼀緒に⾏動しており、被告⼈のスケジュール管理などをしていた。昭⼀
は、秋⽥市内で活動している⼭健組兼昭会の会⻑をしているが、⼭健組の東北ブロック⻑として関東地域をも取り仕切っており、被告⼈が
上京する際の東京側受け⼊れ責任者であった。昭則は、姉ヶ崎連合会佐藤⼆代⽬畠⼭組組⻑であるが、昭⼀の実兄であって、⼭健組兼昭会
相談役も兼ねており、昭⼀が普段は秋⽥市で活動していることから、東京に事務所を持つ昭則が被告⼈の上京時の接待の具体的段取りを付
けていた。〓は畠⼭組組員であり、これまでに⼀〇回ほど被告⼈の上京時の接待に参加して被告⼈専属のボディガードが乗る⾞の運転など
をしていた。和⽥は、⼭健組⼆代⽬伊藤会から⾏儀⾒習いとして⼭健組本部に来ている者であり、平成⼋年⼆⽉ころから、被告⼈の専属ボ
ディガードをしており、平成九年⼀〇⽉ころからは、その責任者的⽴場に⽴っていた。⽊本は、⼭健組鷲坂組組員で、平成六年⼀〇⽉ころ
から、⼭健組本部で⾏儀⾒習いとして、被告⼈の専属ボディガードをしていた。中村は、⼭健組⽮倉会組員で、平成九年⼀⼆⽉中旬ころか
ら、被告⼈の専属ボディガードをしていた。⾥村は、⼭健組武道会組員で、平成⼆年ころから五年ころにかけて⼭健組本部に詰めていたこ
とがあり、本件上京時は被告⼈の専属ボディガードとして⾏動していた。髙橋は、平成九年五⽉ころ、⼭健組兼昭会奥⼭組組員となり、こ
れまでにも被告⼈の上京時に接待の⼿伝いをしたことがあった。
⼭健組には、傘下の各組の中から選ばれて、⼭健組組⻑の専属ボディガードとなっている者が数名存在するが、それらの者はアメリカの
警察の特殊部隊の名称に由来する「スワット」、あるいは、「付き⼈」とか、「ボディガード」という名称で呼ばれており、実包の装填さ
れたけん銃を携帯所持して組⻑と⾏動をともにし、敵の襲撃に対抗して専ら組⻑の警護のみに専従している者であって、本件当時は、和
⽥、⽊本、中村らが⼭健組本部のスワットであった。スワットの⼈選やスワットへの指⽰、命令は、組⻑ないし組⻑秘書、組⻑秘書⾒習い
のみがすることができたが、本件当時は組⻑秘書⾒習いの朴が主に指⽰、命令をして、被告⼈の⾝辺警護にも当たっていた。
2 本件までの被告⼈の上京時の⾏動状況等について
警視庁⽣活安全部銃器対策課においては、平成九年⼀⽉下旬ころ(以下、年の記載のないものは平成九年を指す。)、⼭健組組⻑の被告
⼈が、ボディガードを引き連れて時々上京しているが、その際、ボディガードがけん銃を携帯所持して、被告⼈を警護している旨の情報を
得た。銃器対策課においては、被告⼈の上京の際の⾏動視察を開始し、本件上京までに、九回の上京を把握していた。
被告⼈の上京に際しての具体的な⼿はずは、朴を含めた組⻑秘書と⼭健組兼昭会側で調えていた。⼭健組兼昭会にとっては、被告⼈の上
京時の⾝辺警護や雑⽤は、組としての任務であることから、同会関係者は「公⽤」と呼んでおり、「公⽤」の責任者は⼭健組兼昭会会⻑の
昭⼀であった。被告⼈の上京の際は、⼭健組本部からスワット三⼈位が上京して来るが、昭⼀の⽅でも、⼭健組兼昭会や畠⼭組の組員らを
⼀〇名位は動員して、被告⼈の⾝辺警護や雑⽤などをさせ、うち⼆、三⼈にスワットの役割を与えて配備していた。そして、スワットはい
つもけん銃を⽤意して被告⼈を警護していた。
被告⼈が上京したとき、⼭健組兼昭会側は⽻⽥空港まで出迎えに⾏き、都内での移動は、ほとんどの場合、五台くらいの⾞両に分乗して
⾞列を組んで⼀団となって⾏っていた。⼀台⽬の⾞両は、被告⼈の移動先の遊興店舗などに⼆、三〇分ほど早く⾏き、駐⾞場所を確保した
り、不審者がいないか辺りを警戒したり、警察が検問していないかを確かめたりする者が乗る⾞両であり、通常は⼭健組兼昭会側のスワッ
トがその役⽬で乗っており、「先乗り⾞」などと呼ばれていた。⼆台⽬の⾞両は、道案内をする⾞両で「先導⾞」と呼ばれており、常に⼭
健組兼昭会会⻑の昭⼀が乗っていた。三台⽬の⾞両は、被告⼈の乗る⾞両であり、その直ぐ後ろを⾛⾏する四台⽬の⾞両は、⼤阪から上京
して来た⼭健組本部のスワットが乗る⾞両であり、五台⽬以降の⾞両は、雑⽤係の乗る⾞両であった。先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット
乗⾞の⾞の三台は、先導⾞とスワット乗⾞の⾞で被告⼈乗⾞の⾞を前後に挟み、三台が連続して離れないようにしており、他の⾞両が被告
⼈乗⾞の⾞に近づかないように⾛⾏していた。また、⼀番後ろの⾞は中央線をまたいで他の⾞両が被告⼈乗⾞の⾞に横から近づけないよう
にしたりしていた。被告⼈らの⼀⾏は、間に別の⾞両が⼊ると追抜くなどして調整したり、⼀台でも遅れた場合は⾞列を整えてから再出発
するなどしたりして、常に⼀体となって⾞列を組んで移動していた。先乗り⾞のスワットが不審な者を発⾒した場合には、スワット乗⾞の
⾞のスワットと携帯電話で連絡を取り合うことになっていた。また、被告⼈が歩いて移動する際には、被告⼈を真ん中にして、被告⼈に近
いところを組⻑秘書らが警護し、三、四メートル離れたところをスワットが警護して⼀塊りになって⾏動しており、被告⼈が遊興店舗の中
に⼊ったときには、組⻑秘書らは店内に⼊り、スワットは店内に⼊らず、外の出⼊⼝付近に⽴って、警護していた。
3 本件けん銃等の共同携帯所持についての共謀の経緯等について
被告⼈は、⼀⼆⽉⼆⼆、三⽇ころ、朴に対し、⼆五⽇ころに上京することを伝えた。朴は、上京の段取りを調えるために、昭⼀に電話を
して、被告⼈が⼆五⽇に上京するかもわからないが、上京するなら五時発の⾶⾏機で六時ころ着くと思うので、⾷事は「胡蝶」に予約をし
てもらいたいなどと連絡をした。朴は、詳しいことは⾔わなくても、これまで⼀〇回以上、被告⼈は東京に遊びに⾏っており、昭⼀が受⼊
側の責任者であるので、当然これまでと同様の準備をしてくれるものと思っていた。朴は、また、スワットの和⽥に対しても、⼆五⽇に親
分が東京に⾏くかもしれないと伝え、他のスワットとともに上京するように指⽰した。今回の上京については、和⽥や⽊本からスワットは
四⼈で⾏った⽅がよいとの進⾔もあって、結局、朴はこれを了承してスワットは四⼈で⾏くことになった。⼀⼆⽉⼆五⽇、被告⼈が上京す
ることが本決まりとなり、朴は、昭⼀や和⽥に、その旨を伝えた。
昭⼀は、朴からの連絡を受けて、それまで被告⼈が上京した折りの接待を⼀〇回位しており、いずれの時も⼭健組兼昭会や畠⼭組の組員
を動員して準備し、被告⼈の⾝辺警護に万全を期しており、具体的には実兄の畠⼭組組⻑の昭則に何度も接待の段取りをつけてもらってい
たので、⼀⼆⽉⼆四⽇、昭則に電話をして、翌⽇の⼆五⽇に上京する被告⼈のために「⾞とかの⽤意を頼む。」と⾔って、被告⼈の出迎え
と移動に使⽤する⾞や⾝辺警護のための⼈の⼿配などを依頼した。昭⼀の依頼には、被告⼈の警護を万全にしてくれとの意味があり、被告
⼈の警護を万全にするためにはどうしてもけん銃が必要であって、直接「けん銃を⽤意して親分をガードしてくれ。」などと⾔葉で⾔わな
くても、昭⼀は昭則がけん銃を⽤意して被告⼈を警護してくれるものと思っていた。昭則も昭⼀の依頼を受けて、被告⼈の⾝辺警護や雑⽤
に必要な⾞五台位と畠⼭組組員の〓、⼭健組兼昭会奥⼭組組員の髙橋を含め⼋名ほどの⼈の⼿配をするとともに、被告⼈がけん銃で襲われ
た場合、こちらもけん銃がなければ被告⼈を守りきれないから、けん銃を⽤意して被告⼈を警護することは弟を助けることであり、また、
兼昭会の相談役として当然のことと思っていた。昼過ぎころ、昭則は〓に対し被告⼈が上京するので、⼭健組本部から来るスワットの乗る
⾞の運転⼿をするように指⽰し、⼭健組兼昭会側のスワットは髙橋と徳武伸⼆にさせることにした。そして、⽤意する五台の⾞について、
先乗り⾞は、栗⼭勝⽐⻁の運転で⼭健組兼昭会側のスワットである髙橋と徳武伸⼆が乗⾞し、先導⾞は、森浩⼆の運転で昭⼀と被告⼈の友
⼈で的屋丁字屋会副会⻑の菊地武雄が乗⾞し、被告⼈が乗⾞する⾞は、浜⽥こと⾦孟珍の運転で被告⼈と朴、組⻑秘書の⽦⽥春男が乗⾞
し、スワットの乗る⾞は、〓の運転で⼭健組本部のスワットらが乗⾞し、雑⽤係の乗る⾞は板⾕暉男が運転するなどの内容の乗⾞区分を決
めた。
⼀⽅、⼭健組本部のスワットの和⽥は、朴から他のスワットに連絡して上京させるように指⽰され、しかも、従来三名であったところを
四名のスワットで上京することになったので、スワットである⽊本、中村のほか、⾥村も加えてスワットとしての打ち合わせをし、親分が
東京へ出るが、東京での⾞の⼿配やけん銃の準備は東京でしてもらうので、防弾楯だけを持って⾏けばよく、東京からも護衛の者が出る旨
和⽥は⼭健組兼昭会の⾦孟珍に電話をして、けん銃を⽤意してくれるように依頼し、同⼈もこれを昭則に伝えると、昭則もこれを了承
し、⼀⼆⽉⼆五⽇の本件当⽇の午前中、組事務所の押⼊の天袋に隠しておいたけん銃五丁を取り出しておいた昭則は、昼過ぎに、〓と⼀緒
にけん銃五丁にそれぞれ実包を装填し、〓に対し、⼆丁は⼭健組兼昭会側のスワットの髙橋に渡し、三丁は〓が運転する⼭健組本部のスワ
ットが乗る⾞に置いておくように指⽰した。〓は、午後⼆時過ぎころ、畠⼭組事務所でスワットの髙橋にけん銃⼆丁の⼊ったバッグを渡し
ながら、「道具だから⾞に積んでおけ」と⾔い、髙橋もけん銃であることを知ってこれを了承した。〓は、午後四時五〇分ころ、東京駅
に、新幹線で上京してきた⼭健組本部のスワットである⽊本、中村、⾥村の三名を出迎えたが、同⼈らは防弾楯を持参してきていた。〓
は、スワットの三名をスワット乗⾞の⾞に乗せて、⽻⽥空港に向かったが、その⾞内で、けん銃三丁が運転席の下に⽤意してあることを伝
え、⽊本ら三名のスワットもこれを了知した。⽻⽥空港に到着してから、⽊本は、被告⼈の乗⾞する予定の⾞の後部中央の肘掛けの下に⼤
阪から持参してきた防弾盾を置いた。午後六時ころ、⾶⾏機で来た被告⼈、朴、⽦⽥春男、スワットの和⽥ら四名が⽻⽥空港に着き、和⽥
はスワット乗⾞の⾞に乗⾞して、被告⼈乗⾞の⾞の直ぐ後ろを⾛⾏したが、その⾞内で、中村は、⽊本、和⽥にけん銃を⼿渡した。その
後、スワット乗⾞の⾞での五⼈乗りは窮屈であったので、⾥村が先乗り⾞に乗り換えた。先乗り⾞には、⼭健組兼昭会側のスワットの髙橋
と徳武伸⼆が乗⾞しており、⾥村は乗⾞すると、髙橋に対し、けん銃はどこにあるかと聞き、髙橋がけん銃の⼊ったセカンドバッグを⼿渡
すと、中からけん銃を取り出して⾝につけ、けん銃⼀丁が残っているセカンドバッグを髙橋に戻した。
4 本件上京時の被告⼈の⾏動状況等について
本件当⽇、被告⼈は、朴及び⽦⽥春男、スワットの和⽥とともに、伊丹空港から⾶⾏機に搭乗し、午後六時ころ⽻⽥空港に到着し、昭
⼀、昭則、髙橋などの⼭健組兼昭会関係者及び⽊本、中村、⾥村らのスワットの出迎えを受けた。そして、遊興先の店舗に向かうため、予
め決めておいた乗⾞区分のとおり、先乗り⾞は、栗⼭勝⽐⻁の運転で兼昭会側のスワットである髙橋と徳武伸⼆が乗⾞し、先導⾞は、森浩
⼆の運転で昭⼀と菊地武雄が乗⾞し、被告⼈が乗⾞する⾞は、⾦孟珍の運転で被告⼈と朴と⽦⽥春男が乗⾞し、スワットが乗⾞する⾞は、
〓の運転で⼭健組本部のスワットの和⽥、⽊本、中村、⾥村が乗⾞し、雑⽤係の乗⾞する⾞のうち⼀台は菊地武雄の実兄である菊地滿雄の
運転で加藤馨が乗り、⾞列を組んで⾏動を開始した。途中から、板⾕暉男の運転で昭則などが乗⾞する、もう⼀台の雑⽤係の乗⾞する⾞が
加わり、合計六台の⾞で連絡を取り合って⼀体となって⾏動をするようになった。そして、まず、有楽町の料亭「胡蝶」に⾏って⾷事を
し、午後⼋時三〇分ころにそこを出て、銀座のクラブ「シャンパンクラブ」に⾏き、午後⼀〇時ころにそこを出て、歌舞伎町の韓国クラブ
「リスボン」に⾏き、翌⼀⼆⽉⼆六⽇の午前零時ころにそこを出て、⾚坂のキャバレー「ニューペントハウス」に⾏き、午前⼆時前後ころ
にそこを出て、六本本のバー「ママひげ」に⾏き、午前四時過ぎころそこを出て、宿泊先のホテルに向かう途中、警察の捜索に遭った。途
中で、⾥村はスワット乗⾞の⾞から先乗り⾞に乗り換え、また、被告⼈乗⾞の⾞にホステスが⼀名乗ってきたことから、⽦⽥春男が被告⼈
乗⾞の⾞から先導⾞に乗り換えた。この間、被告⼈の⼀⾏は、遊興先の店舗に到着すると、先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット乗⾞の⾞を
並べて停⾞させ、被告⼈が降⾞して店舗に⼊るまでの間と、被告⼈が店舗を出て⾞に乗込むまでの間は、被告⼈の周りに組⻑秘書らが位置
し、その外側から本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒しながら、⼀団となって移動し、店の中では、⼀緒に店内に⼊る組⻑秘書
らが不審な者がいないか確認するなどして警戒し、店の外では、その出⼊⼝付近で、本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒して待
機するなどしており、⼭健組の組織として⼀体性をもって被告⼈の警護をしていた。和⽥から今回のスワット役を頼まれた⾥村、東京側で
スワットの役割を与えられた髙橋は実包を装填したけん銃を携帯所持して先乗り⾞に乗⾞しており、スワットである和⽥、⽊本、中村は実
包を装填したけん銃を携帯所持してスワット乗⾞の⾞に乗⾞していた。
5 本件けん銃等の発⾒状況について
⼀⼆⽉⼆六⽇午前四時⼆〇分ころ、捜査員らは、被告⼈の⼀⾏が、⾞列を組んで⼀団となって⾛⾏し、宿泊先のホテルに向かう途中、捜
索差押許可状の執⾏のため、〈1〉東京都港区六本本⼀丁⽬七番⼆四号⿇布パインクレスト前路上において、被告⼈⼀⾏の⾞列を停⾞させ
て、捜索を実施し、被告⼈乗⾞の⾞の直ぐ後ろを⾛⾏していたスワットの和⽥、⽊本、中村らの乗⾞していた⾞両から、⾃動装填式けん銃
⼆丁(平成⼀〇年押第⼀七⼆〇号の四、六)及び回転弾倉式けん銃⼀丁(同号の⼆)とこれらに適合する実包⼆⼀発(同号の三、五、七は
うち⼀発を除いて鑑定試射済み)を発⾒した。また、〈2〉先乗り⾞に乗⾞して、宿泊先のホテルの前で待機していたスワットの⾥村は、
⾃動装填式けん銃⼀丁(同号の⼋)をこれに適合する実包六発(同号の九は鑑定試射済み)を携帯所持したまま逃⾛して、これらを同ホテ
ル⻄側の同区⾚坂⼀丁⽬⼀四番⼀四号興和ビルディングナンバー三五植え込み付近に投げ捨てたが、間もなく、捜査員が右けん銃等を発⾒
した。そして同じく、〈3〉先乗り⾞に乗⾞して、宿泊先のホテルの前で駐⾞して待機していたスワットの髙橋は、現⾏犯逮捕されるに先
⽴ち、携帯所持していた⾃動装填式けん銃⼀丁(同号の⼀〇)及びこれに適合する実包六発(同号の⼀―は鑑定試射済み)と、けん銃実包
⼀発(同号の⼀⼆は鑑定試射済み)の⼊ったセカンドバッグを栗⼭勝⽐⻁に投げ、これを拾った同⼈が、同ホテル近くの同区⻁ノ⾨四丁⽬
⼀番⼆九号先の家の塀の裏側辺りに隠したが、間もなく、捜査員が右けん銃等を発⾒した。いずれのけん銃等も、被告⼈を警護するため
に、昭則が⽤意した五丁のけん銃と実包であり、スワットらが携帯所持していたものである。
6 被告⼈の「スワット」等についての認識について
被告⼈は、「スワット」、「付き⼈」、「ボディーガード」について、「親分を守る⽴場の者をスワットと呼ぶのは聞いたことがあるよ
うな気がしますが、五代⽬⼭⼝組になってから、そのような呼び名の部隊はなくしていると思います。昔私が初代⼭健組組⻑の付き⼈をし
ていた時は、ボディガード的な役⽬の者は、付き⼈、ボディガードと呼んでおり、今で⾔えば、和⽥が私の付き⼈になっています。」とい
う趣旨のことを述べて(⼄三)、和⽥が被告⼈を警護する役⽬の付き⼈であると認めており、また、やくざの在り⽅について、「やくざは
何があっても親分に迷惑をかけてはいけないのであって、親分から⼀々命令されて忠実に動くのではなく、親分の気持ちを汲み、正しい判
断をし、それに基づいて親分のために尽くすことがやくざの器量というものであって、やくざには器量がなければならないのです。私はこ
れまで⼤親分と呼ばれる⼈たちに仕えてきて現在の⽴場があるところをみると、器量を認められてきたのかも知れません。私は昔、初代⼭
健組組⻑だった⼭本健⼀組⻑の付き⼈をしていたころ、私⾃⾝はけん銃を抱いて⼭健組組⻑の警護をしたが、それはあくまで⾃分の判断で
そのようにしたということであり、親分から指⽰されてやったということではありませんでした。親分の指⽰とは別に⾃分の器量で⾃分が
責任をとれるやり⽅で親分を守るものです。」という趣旨のことも述べており(⼄三)、⼦分は親分から⼀々命令されて動くのではなく、
親分の気持ちを汲み、親分のために尽くすべきであり、被告⼈が初代⼭健組組⻑の付き⼈をしていたころは、親分から指⽰されるまでもな
く、けん銃を抱いて親分を警護していた旨を述べている。
⼆ 判断
以上の事実によれば、スワットの和⽥、⽊本、中村、⾥村、髙橋は、被告⼈の警護のために本件けん銃等を携帯所持していた実⾏犯であ
り、昭則は昭⼀の指⽰を受け、被告⼈の警護のために、〓とともにけん銃に実包を装填して本件けん銃等を準備し、スワットらに渡したの
であるから、右⼋名が順次共謀して本件けん銃等を携帯所持していたことを認めることができる。
また、⼭健組には、実包を装填したけん銃を携帯所持して組⻑と⾏動をともにして、専ら組⻑の警護のみに専従している、通称「スワッ
ト」、「付き⼈」、「ボディガード」などと呼ばれる者が数名存在しており、このスワットの⼈選やスワットに対する指⽰命令は組⻑ない
し組⻑秘書、秘書⾒習いのみが⾏うが、本件時は朴がスワットの和⽥に他のスワットとともに上京するように指⽰していた。被告⼈もこの
スワットの存在を認識しており、和⽥がスワットの⼀員であることも認識していた。そして、被告⼈は、朴と⽦⽥春男とともにスワットで
ある和⽥と同じ⾶⾏機で上京して、⼀⼆⽉⼆五⽇の午後六時過ぎころ⽻⽥空港に到着して出迎えを受けてから翌⼆六⽇の午前四時⼆〇分こ
ろまで、⻑時間にわたり、先乗り⾞、先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット乗⾞の⾞などの順序で被告⼈の⼀⾏は⾞列を組んで⾏動し、この
間、都内の五箇所の遊興先に⽴ち寄って飲⾷するなどした。遊興先の店舗には先乗り⾞が⼀番乗りして警戒に当たっており、その後、後続
⾞が到着すると、先導⾞、被告⼈乗⾞の⾞、スワット乗⾞の⾞を並べて停⾞させ、被告⼈が降⾞して店舗に⼊るまでの間と、被告⼈が店舗
を出て⾞に乗込むまでの間は、被告⼈の周りに組⻑秘書らが位置し、その外側から本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒しなが
ら、⼀団となって移動し、店の中では、⼀緒に店内に⼊る組⻑秘書らが不審な者がいないか確認するなどして警戒し、店の外では、その出
⼊⼝付近で、本件けん銃等を携帯所持するスワットらが警戒して待機するなどしており、⼭健組の組織として⼀体性をもって被告⼈の警護
のための⾏動をして、本件犯⾏に及んだ。そして、被告⼈は、⼦分は親分から⼀々命令されて動くのではなく、親分の気持ちを汲み、親分
のために尽くすべきであり、親分から指⽰されるまでもなく、けん銃を抱いて親分を警護するのが付き⼈たるべき者の⾏動であるとの⾒解
を有していることが認められる。
以上を総合勘案すれば、被告⼈は、けん銃等を携帯所持して被告⼈と⾏動をともにし、専ら被告⼈の警護のみに専従している通称「スワ
ット」と呼ばれる和⽥らが、被告⼈の警護のために上京して被告⼈に同道し、被告⼈が都内を移動する際、被告⼈の警護のため被告⼈と⼀
体となって⾏動していることを認識し、また、和⽥らスワットの本件けん銃等の携帯所持は被告⼈のためになされており、被告⼈が⼀々指
⽰しなくても和⽥らスワットが被告⼈の警護をするにつきけん銃等を携帯所持するものとの認識を有し、それを認容していたものと認める
のが相当であるから、被告⼈が本件けん銃等の携帯所持に関し、具体的な⾔葉による指⽰をしていないことをもって、共謀がないとはいえ
ず、被告⼈についても、スワットらに指⽰をした朴の外、昭⼀、昭則、和⽥、⽊本、中村、⾥村、髙橋、〓らの計九名と共謀して本件けん
銃等を携帯所持したものと認めることができるというべきである。弁護⼈の主張は失当である。
もっとも、被告⼈は、朴らに対し、被告⼈のボディガードにはけん銃を持たせてはいけない旨の指⽰をしていた旨、また、和⽥がボディ
ガードであり同⾏していたことは知っていたが、本件けん銃等を携帯していることは知らなかった旨の供述をしているが、和⽥は護衛の具
体的な⽅法は朴からスワットに任されており、個々の護衛の時にけん銃を使うなという指⽰を受けることはない旨供述し(⼄四⼋)、⼭健
組本部のスワットの中村(⼄五六)、⽊本(⼄六⼀)、畠⼭組組⻑の昭則(⼄⼆九)をはじめ⼭健組関係者は、⼭健組では⿇薬、覚せい
剤、内輪もめなどは禁⽌されているが、組員がけん銃を所持することが禁⽌されているとは聞いたことはないという趣旨のことを供述し、
また、⼭健組兼昭会組員である⾦孟珍(甲⼀〇九)や関係者の⾼村仁志(甲⼀⼀六)などは、「やくざの世界では、いちいち『けん銃を⽤
意して親分を護れ。』などという指⽰が出されることはありません。やくざの世界では、⼦分が親分を護ることは当然のことで、指⽰がな
くても⼦分はやりますし、親分はそれが分かっていますので、いちいち指⽰はしないのです。」とも述べており、そして、組⻑の専属ボデ
ィガードであるスワットはけん銃等を所持して親分を警護してこそスワットなのであり、本件時もスワットの和⽥がわざわざ被告⼈ととも
に上京してきている上、被告⼈⾃⾝も初代⼭健組組⻑の付き⼈をしているとき、⾃分の判断で、⾃分の器量でけん銃を所持して親分の警護
をしていた旨供述していることなどにかんがみれば、被告⼈が専属ボディガードにけん銃を持たせてはいけない旨の指⽰をしていた旨の供
述は、信⽤しがたく、また、スワットの和⽥が親分である被告⼈を警護するために本件けん銃等を携帯していることは知らなかった旨の供
述も信⽤しがたいというべきである。
第⼆ けん銃に適合する実包について
弁護⼈は、鑑定書によれば、本件けん銃のうち、⼆丁のけん銃にそれぞれ装填されていた実包のうち七発が、当該けん銃では発射できな
かったが、別のけん銃に装填して発射できたというのであるから、これら七発の不発弾が「実包」に該当することは争わないが、これら七
発の不発弾に関しては、加重処罰の対象となる「当該けん銃に適合する実包」とはいえない旨主張するので、検討する。
⼤町茂作成の鑑定書(甲三⼋、四六)、電話聴取書(甲⼀四⼋)などの関係各証拠によれば、次の事実が認められる。
弁護⼈のいうけん銃⼆丁(平成⼀〇年押第⼀七⼆〇号の四、六)は、いずれも⼝径九ミリメートルのトカレフ型⾃動装填式の真正けん銃
であり、右各けん銃にいずれも⼝径九ミリメートルの正規のルガー型⾃動装填式けん銃⽤実包⼋発ずつ(同号の五、七は鑑定試射済み)が
装填された状態で、右各けん銃及び右各実包が、判⽰〈1〉の東京都港区六本⽊⼀丁⽬七番⼆四号⿇布パインクンスト前路上に停⾞中の普
通乗⽤⾃動⾞内において、携帯所持されていた。試射実験をすると、うち⼀丁のけん銃(同号の四)について、装填されていた実包⼋発
(同号の五)のうち三発が当該トカレフ型けん銃では不発であり、他の⼀丁(同号の六)について、装填されていた実包⼋発(同号の七)
のうち四発が当該トカレフ型けん銃で不発であった。そこで、これら不発の計七発の実包を⼝径九ミリメートルのルガー型⾃動装填式けん
銃に装填して、試射実験をすると、全て発射された。真正けん銃の場合、その⼝径に合う正規の実包であれば、発射可能であるように作ら
れており、本件の不発の原因については、装填したときの実包の位置が微妙にずれていて、打撃位置が不良となった可能性が強い。
右事実によれば、本件は、鑑定による試射の際に、たまたま打撃位置の不良等により、当該真正けん銃に装填された正規の実包の試射が
不発に終わった場合であるが、真正けん銃にその⼝径に合う正規の実包が装填された状態にあれば、当該けん銃で実包が発射可能な状態に
あることの危険性は存在するのであり、後の鑑定による試射の際に当該けん銃では装填されていた実包が発射できずに終わったということ
をもって、危険性がなかったことになるものではないというべきであるから、本件真正けん銃に装填された本件不発の七発の正規の実包
も、加重処罰の対象となる「当該けん銃に適合する実包」であると認めるのが相当である。弁護⼈の主張は失当である。
(法令の適⽤)
被告⼈の判⽰所為は、⾮適合実包の所持の点をも含めて包括して刑法六〇条、銃砲⼑剣類所持等取締法三⼀条の三第⼆項、⼀項、三条⼀
項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告⼈を懲役七年に処し、刑法⼆⼀条を適⽤して未決勾留⽇数中五〇〇⽇を右刑に算⼊するこ
ととする。
(量刑の事情)
本件は、指定暴⼒団⼭⼝組の若頭補佐であり、また、同組内の有⼒⼆次団体である⼭健組の組⻑である被告⼈が、上京して都内で⾏動す
るに際し、⾃⼰の⾝辺警護のため、組⻑秘書⾒習いの朴ら⼭健組傘下の組員らと共謀して、組員らにおいて、けん銃五丁とこれらに適合す
る実包等合計三四発を携帯所持したという銃砲⼑剣類所持等取締法違反の事案である。
本件は、⼭健組が組織ぐるみで⾏った犯罪であり、携帯所持していたけん銃と適合実包は量が多く、そして、それらけん銃等を携帯所持
した状態で、⻑時間にわたり、⾞列を組んで公道を⾛⾏し、また、五か所の店で遊興するなどして、都内を移動していたことなどにかんが
みると、⼭健組においては、スワットらが被告⼈の警護のためにけん銃等を携帯所持するのは当然であるかのような⾵潮がうかがわれるの
であり、また、暴⼒団抗争におけるけん銃発砲において、⼀般市⺠が巻き添えになり、その⽣命を落とし、⾝体を負傷する事件が多発して
おり、現に本件の約四か⽉前に起きた⼭⼝組若頭の宅⾒勝組⻑が射殺された際にも⼀般市⺠が巻き添えになって悲惨にも⽣命を落としてい
ることは周知の事実であり、銃器犯罪の禁圧が緊急の重要課題である今⽇において、被告⼈らがけん銃と適合実包を携帯所持して⾏動して
いることは、暴⼒団特有の論理に基づいて、法治国家の法秩序を軽視しているものであると⾔っても過⾔ではなく、厳しく⾮難されなけれ
ばならない。被告⼈らがけん銃等を携帯所持していたのは、他の暴⼒団等からのけん銃等による襲撃の危険性に備えてのものであるといっ
ても、その襲撃の危険性は暴⼒団組織に⾝を置いていることに起因するものであって、⾃らが招いたものというべく、他を責めて⾃らの責
任を軽くするような事情ではない。そして、本件は、遊びのために上京してきた被告⼈⼀⼈のために⾏われた犯罪であり、被告⼈が⼭健組
の組織の⻑であり、また、殺⼈未遂、恐喝、銃砲⼑剣類所持等取締法違反による多数の前科があることなどにかんがみれば、その刑事責任
は重⼤であって、共犯者の中で最も重いといわなければならない。
したがって、被告⼈の健康状態など、被告⼈のために酌むべき諸事情を⼗分に考慮しても、主⽂掲記の刑に処するのを相当と判断する。
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